なぜ、ヨガ(瞑想)が必要なんだろう

 

何故、大切な時間をつかってヨガ(瞑想)をするんだろうか。
そんなことをせずに、もっと仕事や生活のため行動する時間として、
使ったほうが有意義のような気がするだろう。

しかし、ここが面白いところ。
行動に先立つものがある。
それは心だ。



たとえば、追い詰められてガタガタと震えているときに
する行動や、頭のカッと血がのぼったときにする行動はロクでもない。

そこまで「極端な感情」と「行動の変化」はわかりやすいけれど、
「自分が普通だと感じている」心の状態は、
じつは「ちっとも普通じゃない」
どんなことでも慣れてしまうと当たり前になる。
他の人の家に行ったら、その家の独特の匂いを感じるけど、
住んでいる人はその匂いを意識できない。
それと同じように、心の状態はどんな荒んだ状態でも
「あたりまえ」に感じる。
(あたりまえの苦しみ、あたりまえの人生)

ヨガ(瞑想)は、その心を整える。
無秩序な心を整えて、整頓する。
そうすると「行動」が変わってくる。

行動がカオスの人は、まず心がカオスだ。
そのカオスの心を変えないままに、
よかれと思って行動しても、結果はカオスだ。
周囲に混乱をもたらす。

恐怖や欲望に支配された心が、
行動することは、たかが知れている。
すこし、目を覚ましてそれから行動する。
それは無駄な遠回りではない。

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Category: 瞑想

- 2015年1月24日

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