みんな誰しも、心の声というものがある。
何も口にだして喋っていなくても、
心のなかでは言葉であれやこれやと喋っている。
独りでまったく誰にも会わない一日を過ごしても、
ほぼ心の中でしゃべりっぱなしだろう。
そんな心の声はもう一日中聞こえているから、
外を走る車の音や、エアコンの音のように
あたりまえに聞こえる音になっていて、
よくよく検討したりしなくなっている。
今日は、ふと仕事中に「こんなペースじゃダメだ!」という
声が聞こえた。
自分で自分に駄目だしをした。
最善を尽くしてやっていたんだけど、
「どうしたの?まだここまでしか終わってないじゃない?
何してんの?」と
他人にも言わないことを自分に言葉がけしている自分に気づいた。
心の声が分離して、まったく他人になって自分の横に
いて同じことを言ってきたら「嫌な人だなぁ」と思ってしまうだろう。
おお、なんてこった、自分の中に自分の敵がいる。
自分の能力が上がるような、もう一人の自分でいたい。
なんというか、この言葉の感覚わかるだろうか?
自分がテンパるような心の声をやめて、
自分の能力がのびのび発揮できる心の声にしたい。
世界中のみんなが敵になっても、自分の味方である心の声にしたい。
自分に優しくする。
私はそう聞くと反射的に「よくないこと」だと思ってしまう。
「自分に厳しい人」というのは褒め言葉だ。
だけど本当にそうだろうか?
北風と太陽の寓話は、自分への対応でも正しいのではなかろうか。