筋トレではないキャリステニクス







カバドロ兄弟の「ストリートワークアウト」を読んで興味をもって、
Progressive Calisthenivs PPC Communityをネットサーフィンしてみた。

ブログの英文をコピーして、グーグル翻訳にペーストして、
ざっくりとした日本語で読む。

いろいろ面白そうなことが書いてあるけれど、
その中でグーグル翻訳でも理解できて、響いてきた
記事があった。

I Am Not An Athlete

という記事だ。

ダニーカバドロが書いた記事で、
キャリステニクス(自重トレーニング)マスターのダニーは、
自分のことをアスリートではない、と書いている。

あんなに凄いアスリートが何故、アスリートでない?
一体どういう意味なのか?

ダニー曰く

<アスリートは、1つの競争上の目標を達成するために自分の健康を危険にさらすまで、極端な条件でトレーニングして作業します。私はそうしません>

だからアスリートではない、というのだ。

<私は自分の技術に専念していますが、私の技術は競技スポーツではありません。私の技術は、フィットネスという言葉を伝え、本を書き、健康を促進することです。私の目標は、特定の分野で誰よりも優れていることではありません。それが、トレーニングをする人とアスリートである人の主な違いです。私たちにとって、トレーニングは独自の追求です。競争に参加することはそうではありません>

ハードに自重トレーニングをするけれど、それは人と競うためではない。

カバドロ兄弟の「ストリートワークアウト」に自由が感じられるのは、
人と競い合って、勝とう!というよりか、
自分の体を自由に動かす楽しみに満ちているからだ。

そうなのか。

痩せ型の私は、筋トレが苦手。
筋肉モリモリのマッチョマンになれないから、
キャリステニクスには向いていないと思っていた。

それは比較の世界だ。
いい体を比べるという
競技の思想に毒されていた。

でも、人と比べず、自分の健康を増進するという
意味でキャリステニクスをするならば?

それならば出来る。
自重トレーニングという自分の体重を、体を自由に
動かすという根源的なトレーニングならば、
痩せた人ならば痩せた人なりの発達の仕方が実現できる。

だれとも戦わずに、平和的に。
無理して体を大きくするプレッシャーから開放され、
プロティンシェイカーを手放して、
ただ健康に楽しく生きるためにキャリステニクスをする。
戦うべきは自分の重さ、自重。

考え方(マインドセット)が変わった私は、
また自重トレーニングをしたくなってきた。

しばらくケトルベルをお休みして、
キャリステニクスをしてみよう。

私の一貫性ですか?
一貫性が無いということだけが、
唯一、一貫しています。










Category: プリズナートレーニング

- 2020年7月31日

Comments

  1. 金言ですね。
    私は懸垂は足を前に出してやっていたことで、肘を痛めました。足を後ろにして、胸を張り、胸からバーに寄せるとダメージが少ないようです。

    特に懸垂は痛めやすいのでお気をつけ下さい。

  2. カバドロ兄弟、最近ハマってます。
    ポールウェイド先生が絶対の信頼をおいているのも納得です。
    自重トレーニング、すこしづつステップアップして、
    怪我なく強い健康体になっていきたいです。

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